談話
研究者・技術者だけでなくその家族や関係者の思想や行動にまで国民監視の網を広げ、科学・技術、学術の進歩を妨げる「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」に反対する
2024年3月29日 日本科学者会議事務局長 竹内 智
岸田政権は2月27日、「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」(以下、経済安保情報保護法案)を国会上程し、4月訪米の「手土産」にすることを期して、拙速にも3月19日に本会議質疑、22日には内閣委員会審議開始と進めている。本法案は、多くの国民の反対を押し切って施行された「特定秘密保護法」による、刑事罰の脅しを伴う国家による監視と管理の仕組みを、研究者・技術者を含む多くの市民(公務員、適合事業者とその従業員)及びその家族や関係者にまで拡大するものであり、日本の科学・技術及び学術と経済の健全で自主的な発展に重大な悪影響を及ぼすものである。
(1)国が「重要経済安保情報」を指定し、国が認証した者だけに取扱いを認める
法案は、その漏えいが国の安全保障に支障を与えるおそれがある「重要経済安保情報」を行政機関が指定し、その情報の取扱いを、国による一元的な身上調査の結果に基づいて、行政機関が認めた者だけに制限しようとするものである。その漏えいが国の安全保障に「著しい支障」を与えるおそれがある「特定秘密」に関する特定秘密保護法との「シームレス」な運用が予定されている。
「重要経済安保情報」は、「重要経済基盤」(安全保障の観点から安定的提供が必要な公共的な役務の提供体制や、国民の生存や経済活動に欠かせない「重要な物資(プログラムを含む)」 の供給網)に関わる、外部に対する保護の措置・計画・研究や、革新的な技術等の安全保障に関する重要な情報などと定義される「重要経済基盤保護情報」の中から指定され、必要に応じて、外国の政府又は国際機関への提供も想定される。また、「経済安保」情報と称するが、経済安全保障推進法の対象(重要物資の安定供給、基幹インフラ役務の安定提供、先端重要技術の開発支援、特許出願非公開)だけに限定されず、政府による拡大運用に歯止めはない。
(2)プライバシー調査の情報を国が一元的に管理、違法利用にも実質的歯止めなし
重要経済安保情報の取扱いの業務は、適性評価(10年間有効)において、重要経済安保情報を漏らすおそれがないと行政機関の長が認めた者に限定される。
適性評価は、評価対象者の同意の上、①外国の利益を図る目的や主義主張に基づき重要経済基盤を毀損する活動との関係(配偶者、父母、子、兄弟姉妹、配偶者の父母と子なども調査対象)、②犯罪・懲戒の経歴、③情報の取扱いに係る非違の経歴、④薬物の濫用、⑤精神疾患、⑥飲酒の節度、⑦借金などの経済的な状況についての調査(「適性評価調査」)の結果に基づいて、行政機関の長が行う。特定秘密保護法と同じ仕組みである。そして、「適性評価調査」は、内閣総理大臣によって「一元的」に行われ、本人や、その他の知人や関係者からの回答や資料及び公務所や公私の団体への照会が行われる。
評価対象者が同意しなかったことや適性評価の結果や調査で取得した個人情報は、目的外の利用や提供が禁じられるが、国家公務員法等の欠格事由等の疑いが生じたときや、特定秘密保護法の適性評価のための照会には、利用・提供が可能である。個人情報の廃棄も義務づけられていない。また、評価対象者は、適性評価に同意しないことも、適性評価の結果に対して苦情を申し出ることもでき、これらを理由に不利益な取扱いを受けないとされているが、違法な利用や不利益取扱いを行った行政機関の長などに対する罰則は定められていないので、そのような逸脱行為に対する実質的な歯止めはない。
経済安保情報保護法案は、経済安全保障推進法に基づき指定された半導体等の「特定重要物資」やエネルギーや交通等の「基幹インフラ」に関わる事業者や下請け業者、更には「研究」等の活動により重要経済安保情報を保有することが見込まれる事業者、すなわち「先端重要技術」の開発に携わる事業者等、それらの従業員と、多くの市民への適用が想定されており、約13万人の特定秘密保護法による適性評価とは桁違いの対象者数となる。しかも、特定秘密保護法による運用状況が毎年、国会に報告され公表されるのに対して、経済安保情報保護法案では、制度の運用の監視と報告が義務づけられていないため、制度の際限なき不透明な拡大への法的な歯止めがない。
(3)国際共同研究など軍事研究、デュアルユース技術の拡大を想定した立法
同時に法案は、「国家安全保障戦略」(2022年12月、閣議決定)が、「技術力の向上と研究開発成果の安全保障分野での積極的な活用のための官民の連携の強化」を掲げつつ、「セキュリティ・クリアランスを含む我が国の情報保全の強化に向けた検討を進める。」としたことを踏まえて、2023年2月に設置された、財界3団体や連合も構成員に含む「経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議」が1年足らずで取りまとめた制度設計に基づく法案である。
このような背景から、経済安保情報保護法案は、軍事利用可能な技術の国際的な囲い込みの一環として位置付けられているものであり、特に昨今の日米安全保障協議委員会 (2プラス2)でも議題にあがる「同盟が技術的優位性を確保」するための共同投資を進める条件を整備しようとするものである。したがって、経済安保情報保護法は、軍事技術とデュアルユース技術における共同研究を日本が分担するための、国による科学・技術、学術の管理制度の一環である。
(4)「軍事」に関わる研究者・技術者の管理監督強化と、その他の研究者・技術者との分断が永続する
直接的には、軍事研究やデュアルユース技術に関わる研究開発に従事する可能性がある研究者・技術者と管理者の身辺調査や、所属する大学・研究機関、研究設備に対する情報管理体制(人事管理を含む)等のチェックが行われ、ここで得られる情報が「一元的」に国家管理される。見返りに、潤沢な予算投入や補助も想定される。
そうなれば同時に、その他の研究者・技術者、管理者を、機微な情報や施設・設備から遮断、排除する管理を徹底することが求められるようになる。その結果、研究者・技術者の分断と差別が進まざるを得ず、独創的で多様な研究発表、自由闊達な討論や研究交流が阻害され抑制される。適性評価をクリアしていない研究者・技術者が、研究開発の真の目的や狙いを知らされないまま、その一部分を下請的に分担させられることも生じるだろう。このような研究交流の阻害は、若手研究者の育成や国際交流にも悪影響を及ぼすものと懸念される。
さらに、経済安保情報保護法による5年以下の拘禁刑という制裁は退職後においても適用される(特定秘密保護法による10年以下の懲役刑の縛りも同様である)ので、差別分断の仕組みは、半永久的に継続維持されていく。
(5)情報へのアクセス制限による人類の福祉と進歩の阻害-財界から危惧の声も
経済安保情報保護法(加えて特別秘密保護法)による差別分断の仕組みは、研究者・技術者が本来有益な情報、真理にアクセスすることへの国家による制限であり、科学・技術、学術の民主的発展を本質的に阻害する。この結果、科学・技術、学術のバランスのとれた発展が阻害され、結局は、人類の福祉と進歩を阻害するものである。
経済安保情報保護による制約が、「特定重要物資」や「基幹インフラ」から先端技術開発まで幅広い事業分野に及ぶものであることが明らかになってくるにつれ、従来、国際共同開発への参入機会拡大などの「期待」から、適性評価制度の導入に賛意を示してきた財界からも、「恣意的に適用されないようにすることが望ましい」(経済同友会「“Politics meets Technologies.”の時代を生き抜く国と企業の戦略」、2023年5月)や、「企業に過度な要件を課すことになれば、企業は制度の活用を忌避し、わが国の戦略的優位性・不可欠性の維持・確保につながらないばかりか、経済安全保障の確保に必要な官民の情報共有が進まない結果となりかねない」(日本経団連「経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する提言」、2024年2月)などの危惧の声も出ている。国会審議開始に当たっても、日本経団連と日本商工会議所が共同提言で、「法律案の早期成立を求める」と題しつつも、下位法令や運用基準等で重要経済安保情報や情報提供を受ける適合事業者について、範囲や運用などの問題が生じることへの懸念を表明している。
(6)経済安保情報保護法案の廃案を!制度の適用阻止の声を広げよう!
狭い「経済」に留まらず、広く研究者・技術者、市民に規制を加える法案の危険性を伝え、批判を強めて、経済安保情報保護法案を廃案としよう。また、仮に法案が成立しても、その施行前1年の間に、重要経済安保情報の指定・その解除、適性評価の実施、適合事業者の認定に関し、統一的な運用を図るための基準の閣議決定が必要でパブリックコメントも予定される。制度の適用を阻止し、科学・技術及び学術への悪影響を取り除く取組を広げていこう。