声明
1. われわれの大軍拡反対、敵基地攻撃能力反対の声は届かず、国家安全保障戦略3文書「国家安全保障戦略」(NSS)、「国家防衛戦略」(NDS、元の「防衛計画の大綱」)、「防衛力整備計画」(元の中期防)が12月16日に閣議決定された。首相自作自演の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の報告書は、インド・太平洋のパワーバランスが大きく変化したと述べた。これを受けて3文書は、周辺国の核ミサイル能力の質・量ともの急速な増強に対応すると称し、「日本を取り巻く安全保障環境が急速に厳しさを増している、戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境の中で」というフレーズを繰り返し述べている。そして防衛力の抜本的強化が不可欠だとして、防衛省の主張そのままの「防衛力の抜本的強化」の7つの柱が立てられた。それはNDS(おおむね10年)および「防衛力整備計画」(10年後をみすえて2023年度から5年間の予算規模43.5兆円)で、(1)スタンド・オフ防衛能力、(2)統合防空ミサイル防衛能力、(3)無人アセット防衛能力、(4)領域横断作戦能力、(5)指揮統制・情報関連機能、(6)機動展開能力、(7)持続性・強靭性とされ、防衛力整備計画の目標(別表1)には、これらに、(8)防衛生産・技術基盤、(9)人的基盤が加えられている。
2. スタンド・オフ・ミサイルとして5兆円を見積り、新型国産ミサイルの「12(ヒトニ)式地対艦誘導弾能力向上型」(百数十キロ射程を1,000キロに「改良」し、地発・艦発・空発に対応すべく開発)を大量生産・配備するとし、生産・配備には時間がかかるため、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」を購入するとした。
膨れ上がる軍事予算の財源を、増税や建設国債でまかなう方針、しかも復興特別所得税の「流用」など到底許されない暴挙といえる。これは、いまだ復興は道半ばの状況にある福島に対する棄民政策にほかならないし、納税者を欺くものでもある。国家予算における防衛費の異常な拡大は、医療、社会保険や教育をはじめ広く市民の暮らしを圧迫することは必然である。防衛費に建設国債を含む国債を活用しないことは従来の政府与党の一貫した方針であり、それを転換することはまったく説明がつかない。
安全保障の名において国益を実現しようとも、国民の命と生活を守れないならば本末転倒である。市民の暮らしを圧迫して軍事費を偏重するのは、3文書が敵視する国家とおなじく、国益優先の構図である。NATO規模と称して防衛費を5年間でGDP比2%にアップし、「国力を総合しあらゆる政策手段を組み合わせて対応していく」ことは、財政面で重大な問題を引き起こすだけでなく、日本の国策全体を大転換することになる。3文書は、国力として、防衛・外交のほかに、経済力、技術力、情報力を明示しているのであり、日本社会を個人の生命や自由といった人権保障よりも、国家利益を優先する全体主義的社会に全面的に作りかえようとしているのである。そして、これらの軍事への動員が、米国の軍事・外交・経済的要求をかなえるためであることも重大である。
3. NSSでは、敵基地攻撃能力(反撃能力)を「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、『武力の行使の新三要件』に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力をいう」と定義している。しかし、政府はこれまで、憲法9条の解釈として、他国から攻撃を受けた時に初めて、専守防衛(必要最小限度の対応による反撃、自衛の措置)のみを行えるとする立場を貫いてきたはずであり、また、平素から他国に攻撃的脅威を与える兵器を持つことは「憲法の趣旨」に反するとしてきたのである。このことは、自衛隊は憲法9条2項に規定する「戦力」ではないとしてきたことの根拠でもあった。敵基地攻撃能力の獲得を目玉とする安保政策の転換や防衛費の増額などは、それが専守防衛の範囲内だと強弁しても、明らかに従来の解釈を180度転換し、専守防衛を放棄するものである。
さらに、三要件では「我が国」のみならず「我が国と密接な関係にある他国」に対する武力攻撃も対象となっている。3文書は「日米同盟の強化」「同志国等との連携」を掲げており、台湾有事などに言及しているのであるから、集団的自衛権の行使が現実の可能性となっており、その前提で敵基地攻撃能力を保有するのである。このように、3文書の決定は、専守防衛を放棄し集団的自衛権を行使して他国に脅威を与える、軍事大国への歴史的転換と言える。力と力の応酬の悪循環は、憲法9条や憲法の定める国際協調主義(憲法前文および98条)に反することになる。それはまた、ロシアのウクライナ侵攻でも明らかになったとおり、平和の破壊以外のなにものでもない。
加えて、敵基地攻撃能力を柱とし、「戦後の防衛政策の大きな転換点となる」と明記されている3文書を、国会に何ら諮ることなく閣議決定したことは、手続面においても断じて許されない。議会制民主主義の破壊であり、違憲行為そのものである。岸田内閣の振る舞いは、立憲主義破壊も極まる。憲法12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と規定している。このことを想起し、今こそ私たちは、憲法を破壊する政府・与党の行為に抵抗するときである。
4. 3文書は、「我が国自身の防衛体制の強化」に加えて、「日米同盟による共同抑止・対処」と「同志国等との連携」を「防衛の基本方針」に掲げている。
NDSは「普遍的価値を共有しない一部の国家は、独自の歴史観・価値観に基づき、既存の国際秩序の修正を図ろうとする動きを見せている」として、軍事ブロックであるオーカス(AUKUS豪・英・米)に同調し、自ら軍事ブロックであるクワッド(QUAD日・米・豪・印)を構成し推進している。その上で、FOIP(Free and Open Indo-Pacific自由で開かれたインド太平洋)を実現すべく、排他的な対中国包囲網、軍事ブロックの形成で米国の対中戦略と一体化する方針を表明した。NDSは「自衛隊及び在日米軍が、平素からシームレスかつ効果的に活動できるよう」と述べ、自衛隊が米軍と一体となり、米軍の補完部隊になることを明言している。このように、露骨な対米従属、自主的外交政策の欠落を本質としている。
看過できないのは、3文書が、琉球列島・九州で急激に進行している自衛隊の基地建設・強化、部隊の新設・再編強化や、辺野古新基地をはじめとするSACO以来の沖縄における米軍基地の再編強化を、台湾有事を含む対中国包囲の手段として位置づけたことである。東アジアの軍事的緊張を高め、日本の一部であるこの地域を戦場とするに等しい政策を日本政府が打ち出したことは、許されない。
5. NSSは「経済安全保障、安全保障関連の技術力の向上等、サイバー安全保障の強化に資する他の政策との連携を強化する」としている。
公共インフラ、サプライチェーンなどの国民生活への国家権力の介入、土地規制法による基地周辺の自由空間への規制に加えて、NDSでは「海空域や電波を円滑に利用し、防衛関連施設の機能を十全に発揮できるよう、風力発電施設の設置等の社会経済活動との調和を図る効果的な仕組みを確立する」として、海空域までも規制対象に加えている。そして、自治体、行政サービスさえも、安全保障政策の中に組み込まれていく。このような軍事への国力の総動員は全体主義への展開であり、絶対に認められない。
また、「経済安全保障重要技術育成プログラムを含む政府全体の研究開発に関する資金及びその成果の安全保障分野への積極的な活用を進める」、「広くアカデミアを含む最先端の研究者の参画促進等に取り組む」など、経済安保法の施策が縦横に取り入れられている。政府与党は国会審議で、経済安保法は軍事とはかかわりがないと強弁してきたが、懸念されたとおり、国力の総合的な軍事動員に全面的に利用されることになる。なかでも、科学・技術、科学者・技術者を軍事技術研究に巻き込むことは、私たちが決して許せないことである。兵器の研究開発は、まさに「知の暴力」である。この暴力に科学者・技術者を動員することに反対する。兵器開発を推進する大軍拡政策は「いつか来た道」への回帰であり、許すことができない。満身の力をこめてこの大軍拡に反対する。
以上のことから、私たちはこの3文書に反対し、政府に対して次のことを求める。
3文書の政策を進めれば、大軍拡により近隣諸国に脅威を与え、国際協調主義による外交努力をかなぐり捨て、結局「力と力」の対決の暴走に陥ることは明らかである。今の情勢下でこそ、軍拡ではなく、平和主義・国際協調主義による外交手段に注力して平和を守り創造していくことが求められる。
私たちは、ここに、大軍拡反対、敵基地攻撃能力獲得反対の大運動を呼びかける。とりわけ、私たちは、科学の軍事動員、軍学共同が異次元の拡大をすることに対して強い危機感を持ち、全国の研究者、大学人に共同の行動を呼びかける。