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【声明】福島第一原子力発電所事故により発生した放射性汚染水(「ALPS 処理水」)の 海洋放出を即時中止し、汚染水の抜本的削減対策をとるよう求める

8 月 24 日、東京電力は、日本政府の許可のもとで、東京電力福島第一原発事故によって発生し た放射性汚染水(「ALPS 処理水」)の海洋放出を開始した。

これは、2015 年 8 月の福島県漁連への「漁業関係者を含む関係者への丁寧な説明等必要な取り 組みを行うこととしており、こうしたプロセスや関係者の理解なしには、いかなる処分も行わな い」との約束を平然と踏みにじるものである。福島原発事故以来 12 年間、非常に困難な状況のも とで、県漁連をはじめとした福島県民は、生業復興に向けて筆舌に尽くしがたいさまざまな苦労 と努力を重ねてきた。そして、ようやく現実的に一筋の光明を見出そうとしている時に、政府と 東京電力はその営みを一挙に足元から崩す行為に出た。このような県民無視の姿勢を絶対に許す ことはできない。

「ALPS 処理水」とは、原発事故でメルトダウンした原子炉下部のデブリ(溶融核燃料)などの放 射性物質と接触して汚染された冷却水、地下水、雨水などの「汚染水を ALPS (多核種除去設備)等 により、トリチウム以外の放射性物質を環境放出の際の規制基準を満たすまで浄化処理した水」 をいう(環境省)としている。水として存在するトリチウムは ALPS では除去できず、また、ヨウ 素 129、ストロンチウム 90、セシウム 137、プルトニウム 239、カドミウム 113 など 62 種類に及 ぶ放射性核種については 100%ではなく規制濃度以下まで除去するだけであるため、処理後も放射 性物質により汚染された水であることに変わりはない。ところが、政府と東京電力は、汚染水と の表現を避けて「ALPS 処理水」と言い、これをメディアにも要求している。だが、本来、「放射性 物質で汚染されている処理水」と言うべきである。

「ALPS 処理水」には、トリチウム以外の多数の放射性核種が含まれており、海水で希釈しても 濃度が低下するだけで環境を汚染する放射性物質の総量は変わらない。これは、50 年以上前の公 害多発時代に希釈放出方式が否定され、総量規制方式に変えられた教訓を捨て去るものである。

私たちは、今も続く水俣病の痛苦の経験を通じて、食物連鎖による汚染物質の生物濃縮の恐ろ しさを知っている。政府は、放出後、海水や漁獲対象の魚介類についてのみ、少数のサンプルを 採取した結果、トリチウムなどが検出下限値未満であるとして、安全性を宣伝している。しかし、 海洋生態系は極めて多様であり、微生物から大型動物に至るまでのすべての生物種の群集への影 響、ことに低レベルの放射性物質の影響について、このような短期間に評価することなどできる ものではない。汚染水の放出に国内外から反対や懸念する意見が出されて当然である。

この放出は故意の行為であるから、そもそも私たちは汚染水放出そのものを容認できない。そ れに加えて、放出される「ALPS 処理水」に、大量のトリチウムが含まれることと、そして、その 他の核種の排出総量に基づく評価をしていないことは、重大な問題であることを指摘する。

日本政府は、IAEA(国際原子力機関)が「ALPS 処理水の海洋放出は、「国際安全基準に合致」し、 「人及び環境に対する放射線影響は無視できるほどである」といった結論が盛り込まれた包括報 告書を本年7月4日に公表」したと発表した。しかし、IAEA は原子力利用を推進する機関であり、 基準内であればトリチウムや他の放射性核種を海洋に捨てることを容認する立場にある。また、 IAEA は加盟国の行為について審査や合意形成をする機関ではないので、この包括報告書は、「ALPS 処理水」放出への国際合意や、その方法への推奨などを意味するものではない。

国際的には、船舶等からの放射性物質の故意の海洋投棄を規制するロンドン条約およびその 96 年議定書においては、高レベルの放射性廃棄物の投棄は全面禁止され、それ以外の放射性廃棄物 の投棄は含まれる放射能の総量によって規制されている。陸上施設である原発は同条約の対象外 であるが、船舶からの投棄でも陸上からの排出でも、海洋環境を放射性物質で汚染するという結 果に何らの違いはない。同条約の対象外だからと容認されるものでないことは明らかである。

5 年前(2018 年)に開催された公聴会では、石油備蓄などで実績のある大型タンクでの長期保管 をすべきとの意見が多く出され、それを受けた ALPS 小委員会(8 月 9 日)でも、意見の大勢は海洋 放出容認でなく、当面、保管を継続するとの方向だった。そもそもタンクでの「ALPS 処理水」の 保管目的は海洋放出を避けるためだ。また、原子力市民委員会は、大型タンク長期保管とあわせ て汚染水のモルタル固化による永久処分(既に米国サバンナリバー核施設において実施)について も「ALPS 処理水取扱いへの見解」(2019 年 10 月 3 日)として提案している。この現実的な二つの 方法について、政府は十分に議論することなく、海洋放出に一路突き進んできた。

この二つの方法に加えて、根本的な対策として必要なのは、汚染水発生の根本的原因である原 子炉建屋に日々流れ込んでいる地下水を遮断することである。汚染水発生の原因を止めることを 何よりも重視しなければならない。たとえば、原子炉建屋を取り囲む凍土壁だけでなく敷地境界 全体に遮水壁を設置して大量に流入する地下水を削減することが汚染水の抜本的な削減につなが る。イタイイタイ病原因物質のカドミウムの最大汚染源であった神岡鉱山六郎亜鉛製錬工場の高 濃度地下水汚染対策として、工場に流入する地下水を徹底的に削減するとともに、残る汚染地下 水を揚水処理する方式が成功したことなどの成功事例もある。また、地学団体研究会の福島第一 原発地質・地下水問題団体研究グループは調査研究にもとづき、『福島第一原発の汚染水はなぜ増 え続けるのか―地質・地下水から見た汚染水の発生と削減対策』を 2022 年に出版し、原子炉建屋 への地下水流入を抜本的に削減する「広域遮水壁」を、処理水の海洋放出をしなくても済む抜本 的対策として提案している。

政府と東京電力は、「ALPS 処理水」の海洋放出は廃炉までの 30 年間に限ると言っている。しか し、東京電力が発表した「廃炉に向けたロードマップ」においては、最も重要な溶融核燃料のデ ブリ取り出しを 2021 年 12 月までに開始するとしているにもかかわらず、今なお、その見通しさ え立っていない。したがって、「ロードマップ」の掲げる 30?40 年後という廃炉措置終了は、机 上の空論に等しいと言わざるを得ない。すなわち、現段階で汚染水が発生しなくなる時期は全く 分からず、したがって、放出期間も、放出されるトリチウムなどの放射性物質の核種ごとの総量 も、見積もることさえできないのである。

総量約 134 万トン・タンク約 1,000 基分に及ぶ「ALPS 処理水」の内、8 月 24 日から 9 月 11 日 にかけて、約 7,800 トン・タンク 10 基分が海洋放出された。政府・東京電力は海洋放出に反対す る声を無視し、10 月 5 日から 23 日まで 2 回目の約 7,800 トンの海洋放出を行なった。民意に反 し、海洋を汚染する政府の行為を私たちは見過ごすことはできない。

以上のことから、私たちは、汚染水の海洋放出の即時中止と「ALPS 処理水」の抜本的な削減対 策を強く求めるものである。

以上

2023 年 10 月 26 日、日本科学者会議幹事会