見解・声明など | PDF

(決議)憲法違反の新安全保障3文書の閣議決定と日米共同声明に抗議する

―この平和への危機に立ち上がろう-

2023年1月31日
日本科学者会議幹事会

1. 岸田内閣は、国家安全保障戦略(NSS)、国家防衛戦略(NDS)、防衛力整備計画(以下「3文書」と総称する。)を12月16日に閣議決定した。3文書は、「日本を取り巻く安全保障環境が急速に厳しさを増している」ことから、「防衛力の抜本的強化」「国力を総合した国全体の防衛体制の強化」を実施し、「日米同盟による共同抑止・対処」「同志国等との連携」によって対処するとしている。すなわち、「防衛力の抜本的強化」策としてスタンド・オフ防衛能力、統合防空ミサイル防衛能力、無人アセット防衛能力、領域横断作戦能力、指揮統制・情報関連機能、機動展開能力、持続性・強靭性の7つの柱を立てて、これを実現する自衛隊の体制を整備する。「国力」として、防衛・外交のほかに経済力、技術力、情報力を挙げ、これらを総合して、防衛生産・技術基盤、自衛隊の人的基盤・情報収集衛星機能を強化し、情報、宇宙・サイバー・電磁波領域、海空域、警察・海保、自治体・地域住民の理解・協力などに対応し、防衛体制を強化するとしている。

2. 防衛費を5年間でGDP比2%に激増させ、防衛費本体で5年間43.5兆円を見積っている。目玉のスタンド・オフ・ミサイル取得には5兆円を見積り、新型国産ミサイル「12式地対艦誘導弾能力向上型」の開発・生産・配備、米国製巡航ミサイル「トマホーク」の購入等を行う。膨れ上がる軍事予算の財源を増税や国債でまかなうことは、戦争を繰り返さないための縛りを解き放つ暴挙である。ことに復興特別所得税を防衛費に「流用」することは、到底許されない。防衛費の異常な拡大は、医療、社会保障や教育への財政支出を圧迫し、広く市民の暮らしに重大な影響を及ぼすことになる。また、国力の総動員は、日本の国策全体を大転換するものである。3文書の政策を推進すれば、個人の生命や自由といった人権保障を損ない、国家利益を優先する全体主義的社会に日本社会を全面的に造りかえることになる。

3. 敵基地攻撃能力(反撃能力)を「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、「武力の行使の三要件」に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力をいう」と定義している。しかし、政府はこれまで、憲法9条の解釈として、他国から攻撃を受けた時に初めて、専守防衛(必要最小限度の対応による反撃、自衛の措置)の措置のみができるとし、また、平素から他国に攻撃的脅威を与える兵器を持つことは「憲法の趣旨」に反するとしてきた。このことは、自衛隊が憲法9条2項に規定する「戦力」ではないとする根拠でもあった。敵基地攻撃能力は、明らかに従来解釈を180度転換し、専守防衛を放棄するものである。さらに、三要件では「我が国」のみならず「我が国と密接な関係にある他国」に対する武力攻撃も対象であり、米国や同志国等との連携強化により集団的自衛権の行使は現実の可能性となり、その前提で敵基地攻撃能力を保有する。このように、3文書の決定は、専守防衛を放棄し集団的自衛権を行使して他国に脅威を与える軍事大国への歴史的転換と言える。憲法9条は、諸外国が日本を軍事的脅威と考える余地を与えない、最大の根拠である。これをうち捨て、国際協調主義(憲法前文・98条)に反する3文書の方針は、まさに国際対立をあおるものである。

4. 政府は、「戦後の防衛政策の大きな転換点となる」と明記する3文書を、国権の最高機関たる国会に何ら諮ることなく閣議決定した。国民の生命や人権保障に重大な影響を及ぼす軍事政策を政府が専断的に決定していくことは、民主的法治国家(法治主義)の原則(憲法41条)に反するものであり、手続きき面でも到底許されることではない。

5. 3文書は、日米同盟強化・同志国等との連携強化を掲げている。軍事ブロックであるオーカス(AUKUS豪・英・米)と同調し、自ら軍事ブロックであるクワッド(QUAD日・米・豪・印)を構成し推進して、対中国包囲網を敷いてFOIP(自由で開かれたインド太平洋)を実現しようとする。これは、日本の防衛政策が米国の対中戦略と一体化することにほかならない。さらに、3文書は、「自衛隊及び在日米軍が、平素からシームレスかつ効果的に活動」できることをめざし、露骨な対米従属、自主的外交政策の欠落をその本質としている。

6. 政府は、琉球列島・九州で自衛隊の基地建設・強化、部隊の新設、再編強化を急激に進めている。また、1996年のSACO(Special Action Committee on Okinawa沖縄に関する特別行動委員会)以来、辺野古新基地をはじめ沖縄における米軍基地の再編強化を進めてきた。3文書は、これらを、台湾有事を含む対中国包囲の手段として位置づけた。東アジアの軍事的緊張を高め、日本の一部であるこの地域を戦場とするに等しい政策を日本政府が打ち出していることは、容認されない。

7. NSSは、「経済安全保障、安全保障関連の技術力の向上等、サイバー安全保障の強化に資する他の政策との連携を強化する」としている。公共インフラ、サプライチェーンなどの国民生活への国家権力の介入、土地規制法による基地周辺の自由空間への規制に加えて、NDSでは「海空域や電波を円滑に利用し、防衛関連施設の機能を十全に発揮できるよう、風力発電施設の設置等の社会経済活動との調和を図る効果的な仕組みを確立する」として、海空域までも規制対象に加えている。そして、自治体や行政サービスさえも、安全保障政策の中に組み込まれていく。このような軍事への国力の総動員は、全体主義への展開であり、絶対に認められない。

8.3文書は、防衛体制強化に経済安保法を全面的に利用し、「経済安全保障重要技術育成プログラムを含む政府全体の研究開発に関する資金及びその成果の安全保障分野への積極的な活用」、「広くアカデミアを含む最先端の研究者の参画促進」などを推進するとしている。政府による日本学術会議への違法な介入も同根であり、なかでも、科学・技術、科学者・技術者を軍事技術の研究・開発に巻き込むことは、日本科学者会議に所属する私たちには決して許せないことである。科学者・技術者を動員して軍事技術開発を推進する大軍拡政策は「いつか来た道」への回帰であり、許されない。私たちは、満身の力をこめてこの大軍拡に反対する。

 この3文書の異常な大軍拡計画に反対し、私たちは政府に対して次のことを求める。

(1) これまでの政府解釈をくつがえし、明らかに憲法に違反する3文書の閣議決定を撤回せよ。
(2) 国会の審議を経ず、政府が専断的に軍事政策を決定することは許されない。
(3) 増税、復興特別所得税の「活用」、建設国債の発行は許されない。
(4) 戦争を招く道に必ず陥る軍事への国力の総動員は認められない。公共インフラ、サプライチェーン等への国家権力の介入、土地規制法の全面運用、海空域や電波の規制、自治体の動員などを撤回せよ。
(5) 琉球列島の基地建設・部隊強化、海上保安庁などと自衛隊の「連携」は、むしろ戦争の導火線となる危険性が極めて高く、直ちにこれを中止せよ。
(6) 経済安保法をも使って、科学・技術、科学者・技術者を軍事技術研究に巻き込むことは、絶対に認められるものではない。直ちにこれを中止せよ。

3文書の政策を進めれば、国際協調主義による外交努力を捨てて、大軍拡と憲法9条の否定により近隣諸国に脅威を与え、軍事的緊張を極端に高めることは明らかである。日本の安全保障政策は、わが国の歴史から謙虚に学び、日本国憲法の精神を実直に活かす外交をあくまでも基調にすべきである。ところが、岸田文雄首相は、3文書を国会にも諮らぬまま、1月13日、バイデン米国大統領と会談して3文書について報告し、「日本の反撃能力及びその他の能力の開発及び効果的な運用について協力の強化」等について明記した共同声明を発表した。「外圧」「対米約束」を理由として、改憲にも等しい基本政策の変更を行うことは、いやしくも法治国家の政府であれば厳に慎むべきことであり、容認できない。今こそ、平和主義、国際協調主義による外交手段に手を尽くして、平和を守り創造してゆくことこそが有効であることを指摘する。

私たちは、ここに、大軍拡・敵基地攻撃能力獲得をやめさせる大運動を呼びかける。とりわけ、私たちは、科学の軍事動員、軍学共同が一気に拡大することに強い危機感を持ち、平和か戦争かの岐路にあり、広く平和を愛する各層・各分野の市民・団体と連帯し、全国の研究者、大学人に共同の行動を呼びかける。

以上