菅政権は2020年10月、日本学術会議が推薦した6人の会員候補の任命を拒否しました。この任命拒否は学問への政治介入にほかならず、容認することはできません1)。岸田政権はこれを反省するどころか、2022年5月に経済安保法2)と国際卓越研究大学法3)を相次いで成立させ、学問への政治介入をいっそう強めようとしています。
経済安保法は、米国の戦略に従って、中国との「経済戦争」を想定し、「安全保障」の名のもとにわが国の経済活動に政府による監視と規制・動員を強化しようとするものです。とりわけ、私たち科学者として看過できないのは、重要な軍事技術に関わる特許出願を非公開にできる制度の創設と、安全保障に関わる「特定重要技術」の大規模な研究開発推進です。
安倍政権下の2015年、防衛省が新たな競争的資金制度として「安全保障技術研究推進制度」を創設しましたが、2017年に日本学術会議が「軍事的安全保障研究に関する声明」を出したこともあって、申請する大学は少数にとどまりました。学問の自由、研究者の自治が軍事研究の障害となっているもとで、菅首相は日本学術会議の推薦会員6名の任命を拒否し、政府は、学術会議の組織改編も企図しています。そして、今回の経済安保法では、「安全保障技術研究推進制度」(2022年度予算101億円)をはるかに上まわる予算規模で「経済安全保障重要技術育成プログラム」が創設され、軍事技術に直結する研究開発を国が推進する体制がつくられます。「経済安全保障重要技術育成プログラム」には、2021年度補正予算ですでに2,500億円もの基金が措置されました。その額は、政府全体の競争的資金の5割以上を占める科研費の2021年度予算額2,377億円を上回るものです。さらに政府は基金を5,000億円にまで増額するとしています。加えて、公開を原則として成り立つ研究の自由、研究発表の自由を顧みず、重要な軍事技術と認定した特許を非公開にできる秘密特許制度が導入されます。このような仕組みによって、科学者・技術者は莫大な資金と引き換えに軍事研究に取り込まれ、さらに罰則を伴った守秘義務等で縛られ、最後まで動員される危険性が大きいと考えられます。
「安全保障技術研究推進制度」は、「本命」と目される大学は申請しませんでしたが、国際卓越研究大学法は、経済安保法の特定重要技術に留まらず、特に「本命」と目される大学全体を対象にして、大学自治を破壊し、政府や財界の介入を容易にする法的構造を持っています。
同法は、すでに運用が始まっている10兆円規模の大学ファンドの運用益から、国際卓越研究大学に認定された数校に対し、年間数百億円を支援して、自ら「稼げる」大学になるよう改革を迫るものです。国際卓越研究大学の認定は、学問の自由の根幹であるピア・レビュー原則(専門家が審査する原則)ではなく、政治主導で行われます。また、認定された大学には、寄付などを集めて年3%の事業成長を目指すことや、学長の上に最高意思決定機関が置かれ、その構成員の過半数は学外者とすることも企図されています。したがって、この法律により、一部の大学にのみ研究資金が集中するだけでなく、大学や研究者のあり方が根本から変化してしまいます。幅広い裾野を持つという日本の科学・技術の強みが失われ,自由な研究教育環境が損なわれることでしょう。優秀な研究者が、より良い研究環境を求めて海外に流出したり、すでに疲弊した大学や研究者に回復不可能な打撃を与える危険性があります。
この2法のもう一つの重大な問題点は、研究者・教員の了解もなく、学生の了解もなく、主権者たる国民が知ることもなく、大学や研究機関のあり方を根本から変えるような法律を一気に通したことです。私たち日本科学者会議は、両法の危険性を深く憂慮し、学問の自由と大学の自治を破壊する両法の廃止を強く求めます。
以上、決議します。