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『ブーメランで世界平和を』まえがき


 ブーメランは人殺しの武器だと思っている人がいる.アニメやゲームソフトの影響かもしれない.ブーメランは,オーストラリアの先住民アボリジニが狩猟用具として用いたものであり,部族を殺戮するためのものではない.ブーメランの物理法則を理解せずにでたらめに投げることで怪我をすることはあっても,ブーメランで死者は出ていないし,私の考案した紙製ブーメランがあたって入院したという事故報告も受けていない.
 私の学生時代(1967年~1971年)は,ベトナム戦争反対のため,集会やデモに参加してシュプレヒコールをあげることが平和運動の基本だった.研究者としての職業を選んだ私は,平和運動の道に別のアプローチがあることを知った.科学者の仕事は,真理を探究すること,真実を明らかにすることであり,研究の成果を社会に還元することである.科学者でしかできない方法,科学者がやるべき方法とは何か.若い頃は役に立たないと思っていた,文化・スポーツを通しての平和運動,ブーメランの普及活動は私にとっての平和運動となった.
このeマガジンの読み方
 ブーメランが戻ってくる理由を理論的に確かめたいなら,Ⅰ章を熟読すること.理工系大学生なら理解できる内容である.戻る理由をひとことでいうなら歳差さいさ運動であるが,これを理解するのに私は40年もかかってしまった.分かったようで分からない,この物理学の理論をしっかり学んでほしい.
 理論はともかくブーメラン体験をしてみたい読者は,Ⅰ章を飛ばしてⅡ章から入ってもよい.紙ブーメランの作り方,飛ばし方,キャッチの方法が小学生でもわかるように説明してある.動画をいくつか用意しているので,ブーメラン講習会に出なくてもほぼ独力でブーメラン体験ができるようになっている.
 ブーメランがどうして世界平和につながるのか.それはⅢ章をご覧いただくとよい.紙製ブーメランの解説書は,日本語版から始まり,英語版を経て世界70言語の翻訳に達した.地球人口の99.99%をカバーするようになった.70言語目のタミル語翻訳に協力していただいたのはインドのNPOの方だった.
 Ⅳ章はブーメランを調査研究する過程で出会ったトピックスをいくつか紹介した.ブーメランは宇宙ではどのような飛び方をするのか,歳差運動という専門用語を通してブーメランと古代エジプトがどのようにつながっているのか,英語は左から右に書くがアラビア語はどうして右から左に書くのか,このような疑問や話題をエッセイ風にまとめてある.
 Ⅴ章の書字方向の数理は,『日本の科学者』(2009年9月)談話室に掲載された「書字方向から見る平和問題」(通巻500号記念・入選作品)の元原稿である.私にとっては,ブーメラン研究を通じて見つかった,新しい研究テーマであった.こういうことはよくあることで,研究の醍醐味である.ブーメランにそれほど興味がなくても,この記事に興味がある読者がいるかもしれない.
 Ⅵ章は,ブーメランの調査,研究,普及の活動記録のようなもので資料としてまとめた.
 アメリカの同時多発テロ,イラク戦争と,2つの文明の衝突により暴力の連鎖は今も続いている.この連鎖を断ち切るには強い政治力と軍事力ではなく,兵士たちに武器を捨ててブーメランをということである.武器を手にすると人を殺したくなるが,紙ブーメランを手にするとそのような気持ちはおこらない.重力に逆らって戻ってくるブーメランが飛び交う光景を眺めるのは,まさに神秘であり,感動すら覚え,一瞬でも兵士であることを忘れ,戦争が愚かな行為であることを知るだろう.
 2005年,イギリスのケンブリッジ大学に留学した時,同じ研究グループであったスティーヴン・ホーキング博士に,私の考案した紙製ブーメランを渡す機会があった.世界70言語対応の紙製ブーメラン解説書は,今でも世界中の人に読まれている.武器を捨てて,紙製ブーメランを! 世界平和のために,このブーメランがひとりでも多くの人に広まることを願っている.

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