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『放射線による内部被曝』まえがき


 東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射線被曝の主要なものは呼吸や飲食を通しての内部被曝である.しかし,放射線影響の研究は核兵器政策と原発推進政策に大きく歪められ,とくに原爆や核実験の放射性降下物と原発事故による被曝影響の研究は十分に行われてこなかった.さらに,被曝影響を示す貴重な資料が隠蔽されてきた.こうした被曝影響の研究の歪みを集中的に受けてきたのが原爆被爆者である.とくに遠距離被爆者や入市被爆者の放射線による被曝影響は無視できるとする日本政府の原爆症認定基準によって,放射線影響に苦しみ続けている多くの被爆者が放置されてきた.
 2003年から始まった原爆症認定集団訴訟は,被爆実態に基づく内部被曝を含めた被曝影響の解明を科学者に求めることになった.被爆者の訴えの背後となっている被爆実態を捉えると,原爆症認定基準の基礎になっている放射線影響研究所の放射線影響の研究が原爆から放出された初期放射線と呼ばれる瞬間的な外部被曝の影響研究に重点を置き,遠距離被爆者と入市被爆者の残留放射線による被曝影響を無視していることが明らかになった.
 残留放射線の影響は,放射性降雨によってもたらされた放射性物質の物理学的測定に依拠してきた.しかし,原子雲から降下してきた放射性降下物,とりわけ内部被曝を通じて大きな影響を与えた放射性微粒子は風とともに移動して物理的には測定されていない.それだけでなくこうした放射性微粒子を体内に摂取したことによる内部被曝の影響は物理学的測定では知ることができない.ホール・ボディ・カウンターにも限界がある.
 内部被曝の研究では急性症状,晩発性障害,染色体異常など,被曝実態から明らかにする疫学研究が重要になる.私は被爆体験を持っているため「原子雲の下から」リアルに被爆影響を考察できることと,名古屋大学を定年退職した後,統計学の講義をしていたので,被曝実態に基づいて放射線影響を明らかにする疫学研究に取組むことになった.まだ研究の途上であるが,福島原発事故による放射線被曝には内部被曝が重要であるので,放射線による内部被曝について,本書所収の3つの論文を参照されたい.
Ⅰ 内部被曝の研究の現段階
Ⅱ 被爆実態に基づく放射線影響の研究―原爆症認定集団訴訟の経験から
Ⅲ 被爆実態に基づいて残留放射線被曝を評価する―原爆症認定集団訴訟意見書(2009年6月30日)


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