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日本科学者会議沖縄支部は、「名護市辺野古沖における海上基地建設事前調査についての見解」を発表し、防衛施設庁長官、那覇防衛施設局長、沖縄県知事に送付しました。

事前調査に関しては那覇防衛施設局のホームページをご参照ください。
http://www.naha.dfab.dfaa.go.jp/info/index.html


名護市辺野古沖における海上基地建設事前調査についての見解


 那覇防衛施設局は、11月17日午後、沖縄県に対し、名護市辺野古の海上基地建設にかかるボーリング地質調査と海象調査の海域使用のための公共用財産使用協議書を提出した。県土建部河川課は12月末までにも、同意か不同意の結論を出すとされている。
 本会は、海上基地の建設について、普天間基地の機能を強化・新鋭化し、在沖米軍とりわけ海兵隊の沖縄駐留を固定化するものであること、また、民間共用化については、地域経済の健全な発展に資するとは考えられず、沖縄県が推進する那覇空港の整備とも矛盾するなど、公共性を欠くことを指摘し、建設反対を表明してきた。しかし、そのような根本的な議論をおくとしても、今回の地質調査・海象調査(以下「事前調査」という。)については、自然環境の保全にとって以下のような重大な問題点が存在すると考える。

1. 専門家からの助言の受け方および助言内容の公開のあり方について事前調査の計画策定に当たっては、5名の専門家からの助言を受けたとして、那覇防衛施設局ホームページでも助言内容を公開している。しかし、このことは、事前調査が専門家によって自然環境の保全上問題ないと判断されたことを意味しない。
 第一に、すでに多くの市民や科学者も指摘しているように、助言したとされる専門家の氏名・所属が明らかではない。したがって、関与した専門家の専門分野や問題関心について明らかでない。このため、サンゴ、海草藻類、ジュゴンをはじめとする海洋生物や、海流、水質、気象災害への耐久性など、多様な問題点について総合的判断がなされたのか、全く保障されない状態である。第二に、助言を受けるに当たって、それぞれの専門家にどのような資料を提示したのか、それぞれどの範囲について助言を求めたのか、現地の視察の有無・検討会の回数と議題など検討のプロセスがどのようなものであったのかなど、専門化の検討の詳細は全く明らかでない。第三に、助言の「内容」を要約・作成した責任の所在が明らかでない。これでは、発表された助言内容をもって問題点が全て検討され解決したと判断することは、到底できない。

2. 助言内容について
 辺野古沿岸域は沖縄県が定めた「自然環境の保全に関する指針」においてランク1(自然環境の厳正な保護をはかる区域)に指定されている。このような海域およびその周辺において、63本ものボウリングという自然環境の大規模な改変をともなう事業の影響を検討するのであれば、そもそも、その実施そのものの是非を検討することが不可欠である。ところが、そうした検討がなされたのかさえ言及されていないことは全くもって奇異である。
 ボーリングの足場については、もっぱら設置面積を問題としている。しかし、足場が踏みつける海底以外の周辺部分も設置工事に際して損傷を受けることは、免れ得ない。また、海に足場を設置すれば、流れに影響を及ぼし、侵食や堆積など底質の変化や水質の変化の可能性も考えられる。このようなことは検討されたのか、検討されたとしたら、いかなるデータを基に予測されたのか、全く明らかにされていない。このような影響は、藻場やサンゴとそれを利用する生物にとって重要な問題であるだけに、公開資料に何らの言及もないのは著しい手落ちである。
 海草藻類やサンゴの被度の小さいところは、足場を設置しても影響が小さいとの前提に立った判断がなされている。しかし、海草藻類の被度は極めて短期間の調査しかなされていない。調査時にたまたま被度の小さかったところであれば手を加えてもよいということにはならない。また、サンゴの調査についても同様である。白化やオニヒトデの食害などによって一時的に壊滅した部分であっても、その骨格は生物の生息場所となり、環境条件がよければそこに新たなサンゴが着生するのであって、海の生態系にとって無用な場所ではない。さらに、着生後間もない若い小型のサンゴ群体について、どのように被度の評価に組み込まれたのかも全く不明である。このように、藻場やサンゴを短期的な被度のみで評価すること自体が、その場所の生態的な価値の著しい過小評価を誘導するものであり、偏った手法・判断というべきである。
 ジュゴンへの影響は、当該海域の漁船や航路標識などとの俗論的な比較・類推のみで問題なしとされている。日周リズムについても、公開資料を読む限り、昼は調査海域には近づかず、夜は音が出ないから問題ないというような、安易で根拠のない予測による判断がなされている。科学的データに基づく定量的な評価を欠いており、全く不適切である。辺野古を中心とする沖縄島東海岸の海草藻場・沿岸海域では、たとえば、北部訓練場・キャンプシュワブ・キャンプハンセン・ブルービーチなどにおける米軍の演習が最近激化する状況にあり、ホワイトビーチの改修、泡瀬干潟の埋立てなど、新たな土木工事も行われている。このような、推定される生息域全体にわたる生息環境の検討を行うことなしには、辺野古海域での事前調査のジュゴンに及ぼす影響について判断することはできないと考えるべきである。辺野古周辺の、しかも限定された指標のみで、「現状とあまり変わらないからたぶん大丈夫だろう」というような判断のしかたは、およそ科学的でない。とりわけ、天然記念物・国際保護動物に指定され、絶滅の危機に瀕した地域個体群である沖縄のジュゴンの保護に関する判断としては不適切である。
 公開された助言内容が「ジュゴン、海草藻場、珊瑚、魚類」の4つに区分されていることからもうかがえるように、事前調査の環境への影響について、予定海域の生態系全体に対する検討は全くなされた様子がない。すなわち、上記の4区分について十分な検討がされたとしても、それでは辺野古海域の環境全体の保全という観点を欠いているとの批判は免れない。いわんや、それぞれの区分については、上に例示したような重大な問題点がある。したがって、今回の事前調査にあたり公開された環境への配慮策は、真に辺野古海域の自然環境の保全を意図したものではなく、開発者の都合に合わせたびほう策であるといわざるを得ない。

3. 事前調査と環境アセスメントの関係について
 前項で示したように、公開された専門家の助言内容は、逆に事前調査そのものの自然環境に対する影響についての検討が著しく不十分であり、事業者に課せられた説明責任をはたす上でも不誠実である。そして、このような状態を解消するためには、辺野古海域とそこに生息する生物について、科学的、総合的な中
長期の調査を行うことが不可欠である。また、ジュゴンに関しては、生息域全体にわたる十分な調査が欠かせない。いやしくも科学者であれば、そのような調査の結果に基づかなければ、この海域に手を加えたときに起こりうる自然環境への影響を論じることなどできないであろう。
 このことは、環境アセスメント(環境影響評価)の前に事前調査を行うことそのものが矛盾であることを意味する。
 さらに、事前調査を実施してしまえば、その後で、いかに科学的・総合的な環境アセスメントを実施したとしても、事前調査による影響を受けた後の海域の調査としかならず、アセスメントの信頼性や説得力は著しく傷つけられるであろう。その意味では、この事前調査を行うならば、米軍が激化させている海上・海岸での演習などとともに、環境アセスを前にジュゴン追い出しを意図した行動であると非難されても仕方がないであろう。
 この事前調査は、埋立本体工事とは別に、環境影響評価の対象とならない護岸工事のためのものであるとされてきた。ところが、沖縄県議会においては質疑の過程で、護岸と本体は不離一体のものであることを認め、その上で、アセスに先立つ事前調査がなされるのは(一般には)問題ないとの認識が示されている。この事前調査が海上基地本体の建設と不離一体のものであるとの認識が示されたことは、極めて重要である。
 そもそも、1997年の海上基地案では、政府は、1500×600メートルの大きさで、杭式桟橋または浮体工法による施設の建設を提案していた。それは、普天間基地の面積を大幅に縮小するものであること、基地機能の強化ではないこと、事故の危険を軽減するものであること、自然環境に配慮した施設であること、撤去可能であること、の5項目を辺野古海域への海上基地建設に欠かせない条件としていたからであった。しかし、2002年に策定された基本計画案では、軍民共用空港として埋立案が採用され、それによって、施設の予定面積は大幅に拡大し、C17Aグローブマスターなど大型輸送機も運用可能な滑走路となり、リーフ上という最も周辺の自然環境への影響の大きくなる敏感な場所に、撤去不可能な工法で巨大な空港島を建設することとなったのである。2002年案でも、'97年案と同じ辺野古海域を選定している以上、安全性や自然環境の影響について、突然無頓着になってよいはずがない。大幅に自然環境への負荷が大きくなったと考えられる海上基地案の環境影響について、国と沖縄県は国内外への説明責任を負っている。
 このような2002年基本計画案と不離一体の事前調査である以上、海上基地本体が自然環境に及ぼす影響もふくめた実質的・包括的な検討をすることなしに、事前調査の是非を形式的・限定的に判断することは許されない。こうした観点からも、広域にわたる総合的な環境アセスメントを、施設建設を前提とすることなしに、市民や国内外の科学者・専門家にもオープンなかたちで実施することがまず必要である。それ以前に、辺野古海域に手をつけることは適切でない。

 以上の観点から、本会は以下のことを求める。
 防衛施設庁は、事前調査を中止するべきである。海上基地を建設しようとするのであれば、環境影響評価法の定めにとどまらない、包括的な自然環境への影響調査を、関連学会、市民・環境団体、市民などと広く連携して、まず実施するべきである。
 沖縄県は、県知事の推進した施策によって、海上基地案の予想される環境負荷が著しく増大している事態を十分ふまえて、施設建設が及ぼす影響について総合的に把握するために必要な調査をまず実施するよう、国とともに責任を果たすべきである。そのような調査に基づく判断が行われない限り、事前調査を含め、工事や調査に着手することに同意すべきではない。

2003年12月11日
日本科学者会議沖縄支部