学術分野における国際貢献のあり方に関する見解(第1次提言)

                      1993年2月10日
                      日本科学者会議
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 世界平和と人類進歩のために,それぞれの国が学術分野において国際的に貢献することの重要性は,あらためて強調されるまでもなく自明のことである.日本学術会議においても早くからその点が論じられ,1961年の第34回総会において「科学の国際協力についての見解」を表明し,国際協力の5原則を示した.また1980年の第79回総会で表明した「科学者憲章」の5項目のなかで払科学の国際性を重んじ交流に努めることを強調している.
 しかし今日,目本政府や財界が強調する国際貢献策は,そうした普遍的な意味での国際性の重視ではない.日本は「経済大国」になったのだから,もっと多くの面で国際的に貢献すべきだとするアメリカ政府の要請に端を発しているところに問題の本質がある.そして学術分野では,その結果が科学技術会議18号答申『新世紀に向けてとるべき科学技術の総合的基本方策について』の一つの柱となって示された.このような状況が生じた背景には,一面では日本の大学・研究所の劣悪な研究条件が長年放置されてきたこともあり,それらが若干なりとも改善されるならば,科学の発展にとってプラスになることは確かである.だが,今日の情勢をみた場合,もう一面では次の点で危険な背景があることを指摘しなければならない.
 第一に,政府と財界は国際貢献の名の下に,日本が再びアジアの盟主となるための方策を開始していることである.ソ連の崩壊や湾岸戦争を契機に,日本がアメリカのグローバルパートナーとしての役割を強め,米軍に多額の金をつぎこみ,自衛隊の海外派兵にふみきり,いままた国連安保理の常任理事国入りを志向し,憲法改定や解釈改憲の策動を強めつつある.このような意図が科学や学術の分野を例外的存在におく筈はない.すなわち,今日の学術分野の国際貢献の真のねらいが,アメリカの世界戦略と日本の軍国主義化の方向を促進するものであることに注目する必要がある.
 また,第二には,この今日的段階における日本政府・財界の「大東亜共栄圏」構想にとって,先端的科学・技術の活用が極めて重要な役割をもっていることである.それは,経済企画庁が1989年に示した「国際技術戦略」が端的に物語っている.そして科学技衛会議18号答申が,科学のバランスのとれた全面的発展を志向するものではなく,予算も要員も重点的に目標を絞って配分する構想となって現れてきている主な理由もそこにあるといえよう.
 われわれは,こうした危険な策動に反対し,真に世界の平和と人類の進歩発展に寄与できる国際貢献策を志向するものである.またこの認識は,日本がかつての海外侵略の道を再び歩もうとしていることへ強い危惧の念をもつアジア諸国民に対し,科学者としての良心と正義の立場を表明するものである.この認識なしには,学術分野における国際貢献を真に平和的友好的に発展させることはできない.
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 学術分野における国際貢献のあり方を策定する際に,いくつかの前提となる条件が考えられる.ここでは,前記の情勢をもふまえて,三つの原則的考え方を提起する.
(1)世界の平和と人類の進歩に貢献することを目とする
 われわれは,国連憲章にうたわれる人類の平和的生存権を擁護し,国際貢献があくまで世界の平和と人類の進歩に役立つことを前提として行動しなければならない.われわれは第2次世界大戦時の日本軍国主義のアジア侵略や,当時の学術研究会議(日本学術会議の前身)までが戦争遂行に積極的に加わったこと,さらにはマンハッタン計画に科学者が直接参加し原爆の製造と投下に手を染めたことを苦い教訓としてもっている.とりわけ今日の情勢をみる時,われわれは再び同じ過ちをくり返さないよう,何度でもこの視点からの点検を行う必要がある.科学・技術は,本来人類にとって共通の財産でなければならない.実際,一般的には科学的発見や発明は新しい知識として公開される.ところが,今日の軍事的技術,あるいは企業利潤に直結する技術や知識は,一部の国や企業が独占することによって人類の進歩にブレーキをかけ,あるいは逆行させているのが現実である.核兵器に関する科学・技術はその最たるものであろう.世界に山積する地球環境問題,飢餓問題,子どもの人権の問題等,真に人類の進歩と平和のために必要な課題に対してこそ,積極的な役割を果たすべきものと考える.
(2)日本の学術の充実・発展を基礎に考える
 国際貢献の基礎は,国際的に活用し得る優れた科学や技術を日本で発展させることである.いま学術分野での国際貢献策が国際的に問われているのは,日本が経済的成長に見合った科学・技術の発展に努力していないためである.今日の大学・研究所における施設の荒廃,国際貢献をしたくても科学者をだしたり留学生を受け入れられないような貧弱な人的・物的資源など,とても世界の「経済大国」とは思えない実態にわれわれはまず目を向けなければならない.また,とりわけ基礎科学を軽視し,企業利潤に速効性のある分野のみを偏重してきた政府に対し厳しく反省をもとめるものである.そしていままた科学技術会議18号答申にあるCOE(Center of Exeellence)構想のように,特定の分野や機関のみを重点的に育成するようなことがあれば,日本の科学・技術は一層深刻な跛行的状況を生みだすことになろう.また一方,海外への科学者の派遣機関づくりが先行されるならば,逆にその道にのみ研究者を動員し,一般の研究活動低下へつながることにもなりかねないであろう.
(3)国際貢献策の策定・実施は,科学者の自主的民主的決定によって行う
 歴史的にみても,官僚あるいは財界の意向で決定される国際貢献策は道を誤ることが多い.近年,学術政策の策定について,審議会への諮問という形をとって,若干の学者を入れた委員の答申により,事実上政治的意図を反映した決定を押し通すケースが多い.科学者独自の審議機関で論議し,自主的民主的に決定される保障が必要である.
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 学術分野の国際貢献に関する以上の三つの原則的考え方を実現させるための保障をどこに求めるかが問われる.われわれは少なくとも以下に示す諸方策が実施される必要があると考える.
(1)国際貢献の対象とLて特定の重点国または重点地域をつくらない
 科学・技術は人類共通の財産であり,それを必要とする国に対しては平等に貢献していくことが本筋であり,最初から特定の国や地城を主対象にする等のことは行わない.とりわけ今日,対アメリカ,対アジア地域への「貢献」という点が,政治的に志向される危険が大きいことに留意すべきである.
(2)日本の学術体制の基盤整備を行い,世界最高水準に高める
 自国の科学・技術の発展こそが国際貢献の基礎である.科学者の定員増や処遇改善,研究環境や施設の整備を行い,世界の先進国と比較してそれらを最高水準のものとする.また学術分野による格差をなくし,全体にバランスのとれた発展を保障する.現時点で国際貢献と関連してCOEシステムを導入することに反対する.
(3)すべての大学・研究所での国際交流が可能となる条件を整備する
 現在,国際貢献の名の下に特定の「学術国際交流センター」的機構を設置する傾向がある.しかし,これは逆に国際交流の条件を狭める可能性,さらには特定の政治路線に偏重する可能性が高い.現在必要なことは,旅費,施設,人材等の条件整備により,活発な国際交流・協力がすべての大学・研究所で実施可能にすることである.
(4)日本学術会議が国際貢献策への決定・運営に主導的役割を担う
 科学者による自主的民主的検討を経て,諸施策が決定され実行される必要があり,今日においては,日本学衛会議がその役割を担うのが最も適当と考える.日本学術会議は,すでに日本中の科学者の総意を集めて作成した「国際協力の5原則」などを表明しており,それらを含め責任をもって主導的に対処するよう期待する.日本学術会議が予定している「アジア学術会議」も,その観点から民主的運営がなされる必要がある.
(5)開発途上国の主体性,自発性を尊重する
 今日進行しつつある途上国への技術協力を見ると,日本は「近代科学の成果」,あるいは日本の見かけの「技術発展」を押しつけている傾向が強い.しかし日本においては,その結果,「近代科学の成果」の反面で環境破壊の進行,あるいは労働強化など深刻な問題を抱えている.これらを押しつけることは,客観的には人類の進歩に逆行するものである.国際貢献策の具体的なあり方は,途上国の主体性,白発性による選択を尊重して決定すべきである.とりわけ財政的援助が伴うことが問題をひきおこす条件となるので,(4)に示したような日本学術会議の主導的な役割が期待される.
(6)国際貢献の内容と結果を完全公開とする
 すでに指摘したように,本来は人類の共通財産であるべき科学・技術の成果が,特定の領域では秘匿され一部特権勢力に独占されている.したがってこれからの国際貢献を真に世界平和と人類進歩のためのものにする保障の一つとして,その内容および結果については無条件に完全公開とすべきである.