国際防災旬年についての我々の見解

 

 国際防災旬年(International Decade for Natural Disaster Reduction ; IDNDR)は,1984年第8回世界地震工学会議におけるFPressの提案で発足した.提案者のFPressは著名な地震学者であり,現在は米国科学アカデミー会長である.Pressの基調講演では,"自然災害に国境はない.最近の科学と技術の発展は,世界の自然災害の防止を可能にしている.しかし,多くの国にとって,最新の研究や技術を防災研究に活用できる予算がない"ことが指摘され,20世紀の最後の10年間に世界の災害を軽減するための国際協力体制をうちたてるべきことが提案された.

 その後の経過を見ると,この提案は膝元の米国は別にして,日本で最も熱心にとりあげられ,今や単に学者の要望と言うにとどまらず,国土庁を中心とする政府の肩入れした事業に成長しようとしている(国際防災旬年連絡会;1987.5.29発足).そのような事業化には,わが国の層の厚い災害科学者が重要な役割を果たしている(IDHR懇談会;1986.6発足).日本政府は,中曽根首相の国連演説(1987.9)にみられるように,積極的な姿勢でのぞんできた.これには,日本の貿易黒字に攻撃が集中されている国際経済情勢,このなかで新たな国際的進出をねらうわが国の財界の意向も一定限度反映していたと思 われる.

 国際的には,この提案は興味ある経過をたどった.第42回国連総会における決議の提案(1987.12)に当たって,共同提案国になった93ヵ国は日本 を除きモロッコをはじめすべて発長途上国であり,オーストラリア,ベルギー,ニュージーランド,スウェーデン,英国等先進諸国は共同提案国にはならず,賛意を表しただけだった.発展途上国の強い支持は,これらの国々が切実に災害防止を望み,そのための国際的支援を求めていることを示すものであろう.一方, 当初の提案者ともいうべき米国政府も財政難を理由に共同提案国にならなかった.国際防災旬年で想定されている事業内容は大略次のようである.

 

*人と技術の交流,共同研究などの国際協力事業.

*発展途上国に対する防災関連の技術援助.

*自然災害に関する基礎的研究の推進.

 

 このように,これまで唱われてきた事業内容は,科学・技術,特に研究が中心であって,大いに推進すべきものである.しかし一方で,この事業がいっそう発展していった暁に,災害復旧を通じての日本企業の海外進出や,災害時の救援に名を借りた自衛隊の海外派遣などが浮上してくる可能性を危惧するむきもある.

 国際防災旬年の今後の日程は次のようになっている.

1988年,国内の推進体制の整備.第43回総会で各国の進捗状況,国連の推進体制を事務総長が提出.関連事業の企画,立案.

1989年,国内の推進本部設置.第44回総会で基本計画を事務総長が提出,関連事業の企画,推進.

19902000年,各種国際防災旬年プロジェクトの推進.

 

 以上の経過からわかるように,国際防災旬年は,現代社会と防災についての科学者の認識・願望から出発したが,現在では発展途上国を中心に国際的にも大きく期待を集めて進行しようとしている.この旬年が真に期待されたとおりのものとなるか,それとも出発時の理念は正しくても,主に日本企業の海外進出の口実 などに利用されるものに変質させられてしまうかは,今後の科学者をはじめとする関係者の姿勢と広範な国民の注視にかかっている.

 

日本科学者会議災害問題研究委員会