JSA

 

     No.32  200388日発行

 

大学問題フォーラム

   日本科学者会議大学問題委員会

 

 

 

 

「愛知教育大学憲章」制定の経過及びその意義について

 

松田 正久(愛知教育大学、物理学)

 

 愛知教育大学では、法人化を前にして、大学の長期ビジョンを構想するとして、愛知教育大学憲章(以下、「憲章」という)を制定したので、この憲章作りに関わったものの一人として、憲章制定の経緯及びその意義等について報告する。

愛知教育大学では、この416日、教育学部教授会(助手以上が全員参加、定数は280名余、3分の2以上の出席で成立)において、満場一致で、愛知教育大学憲章が承認され、526日には、愛知教育大学憲章制定宣言全学集会が、大学構成員150名余の参加で開かれた。

この憲章は、20027月に出された大学改革推進委員会報告で、初めて憲章制定の必要性が表明された。「大学改革推進委員会」は、本学の将来構想を検討し、本学の再編統合問題、学部・大学院の教育課程に関する改革、国立大学法人化に向けた対応、生涯教育への本学の取り組みなどを検討する委員会で委員長は学長である。

国立大学法人化は、国立大学全体にとって、ここ数年、極めて深刻な問題として大学に課せられてきた問題である。法人化は、今のような教員で構成する教授会が大学運営を決定していくシステムを改め、学長を中心に、大学運営を行い、学外者も参加した組織が、大学の経営に参加する仕組みを作り、さらに国立大学で働く教職員を公務員からはずすというものである。つまり、国が責任を負う今の国立大学の仕組みを変え、大学に「経営」概念を導入し、大学を「法人化」するものである。この仕組みが授業料引き上げにつながり、教育の機会均等が破られるのではないかと危惧されている。また、文部科学大臣が定める6年間の中期目標と同じく大臣が認可する中期計画に従って大学が運営され、6年後にはその結果について評価され、場合によっては大学が廃止されることもあるなど、日本の高等教育の仕組みを大きく変えることになる。こうした仕組みに対し、これまで以上に政府の統制が強まることを懸念する大学人や一般の人々の反対にもかかわらず、「国立大学法人法案」は、この79日に成立した。来年41日から、89国立大学の一つとしての愛知教育大学は、「国立大学法人愛知教育大学」に移行することが決まった。

本学でも、大学改革推進委員会の法人化対応部会(松田が部会長)で、この法人化問題について1年以上検討を重ねてきた。この論議の中で、愛教大がたとえ法人化されたとしても、今後の愛教大のあり方を展望するとき、本学のビジョンを含め、大学のあり方をまとめた憲章が必要ではないかという意見でまとまった。これが約1年前の7月である。そして、昨年9月の教授会に、「国立大学法人化に対する愛知教育大学の課題と今後の検討のすすめ方について」を提案し、「今後定める基本理念・目標は国立大学法人愛知教育大学(仮称)として出発するに際しては、『愛知教育大学学術憲章』として結実させていくこととする。」 として、憲章を制定することを提案し、この方針が承認された。

この提案では、「特に学術憲章は、法人化の如何に関わらず、本学の今後の道しるべとなるものであり、学内各層の意見を反映して策定する。」として、「憲章は、遅くとも12月には目途がたつように検討を進める。」ことを提案し、「愛知教育大学は、憲法・教育基本法ならびに学則をはじめ、教授会諸決定等を参考に、国の高等 教育・学術研究に係わるグランドデザイン等を踏まえ、本学の教育研究の基本理念及びこれを実現するための長期的な計画を盛り込んだ長期目標(愛知教育大学学術憲章)を策定する。」と述べている。

そして

@ 第一の柱:憲法・教育基本法に照らした基本理念(学問の自由、大学の自治)

A 第二の柱:学則第一条「学術の中心として広く知識を授け、深く専門の学芸を教 授研究して、教員をはじめとする有為な人材を養成し、もって文化の進展に寄 与する」 

B 第三の柱:本学の理念や目的に関する教授会諸決定や報告および新しい時代に対応した理念など 

の三つを柱に憲章を策定することが確認された。これを受けて、大学改革推進委員会の下に、「憲章組織専門委員会」を設置し、教員5名と事務職員3名が委員となって、素案を検討してきた。

私達は、憲章制定の意義と目的を

@ 愛知教育大学という高等教育機関が社会的存在として、機能することの存在証明  を社会に対して宣言する役割(本学と社会との契約宣言)

A 愛知教育大学の理念と目指すべき目標が提示され、広く社会からの信任と期待を  得ること

B 大学の自治をそれぞれの立場で担う点から、自らの責任において、自律的行動の  規範を定めること

として、制定作業を行った。そして、「憲章」(素案)と、憲章に記載してあることの意味付けやこれらの背景を説明した付属文書である「愛知教育大学憲章制定に向けて」を12月教授会に報告するとともに、学内外に広くこの素案に対するコメントをお願いした。学生諸君には、メーリングリストによりコメントをお願いするとともに、憲章素案や、寄せられたコメントなどを大学のHPで公開した。寄せられたコメントは12通(その内訳は学生諸君から5、事務職員から3、教員から2、学外から2)であった。この中には、5ページ余にわたって、懇切丁寧に意見を寄せてくれた学生の方からのコメントもあり、委員一同頭の下がる思いであった。

 12月教授会での意見やコメントを踏まえて、かなり大幅に修正し、第二次案を3月の臨時教授会に提案した。ここでは、憲章制定に対する消極的な意見も出されるなどしたが、再度ここでの意見を踏まえ修正し、愛知教育大学憲章(案)と付属文書「愛知教育大学憲章制定に向けて」を416日の臨時教授会に提案した。そして、多くの教授会員の支持を得て、満場一致で「憲章」が制定された。

また、先に述べた制定宣言集会では、学部学生大学院生4名、事務職員2名、附属校教員1名、教員2名から憲章への思いを語っていただき、3時間余に及ぶ全学集会となった。学生や大学院生からは、「愛知教育大学の運営のあり方」の「2.学生参画の保障」で「愛知教育大学は、学生の学修活動を支援し、教育改善への学生参画を保障する。」と、学生の参画を憲章に明記したことを強く支持する意見が多かった。「学生の参画」について、私の知るところでは、例えばスウェーデンの大学(ルンド大学)では、学部の運営方針を決める協議会には、定員7名のうち、3名が学生院生代表で、大学全体のボードにも同じく3名の学生院生代表が参加しているそうである。このように、大学全体の運営方針をきめる、協議会に学生が参加し、しかもかなりのウエイトでの参加が保障されている実態を、機会があれば詳しく報告したい。いずれにしても、長い伝統をもつ欧州の大学と、高々100年、愛知教育大学でいえば50余年の歴史しか持ち得ない、日本の大学を比較すること自体が無理があるのかもしれないが、それにしても、我々は大学の運営について、学生の自治意識の向上の点からも、学生の参画を具体化していくことが必要なのではないだろうか。

現在、専門委員会において、憲章制定全学宣言集会の報告を含め、「愛知教育大学憲章」の冊子をつくる予定で準備をすすめている。

 さて、「憲章」は、始めに「愛知教育大学の理念」が述べられ、ここでは、学則とともに日本国憲法、教育基本法、ユネスコの高等教育に関する宣言等の理念を踏まえ、教育研究活動を通して世界の平和と人類の福祉及び文化と学術の発展に努めること、愛知教育大学は、学部及び大学院学生、大学教職員、附属学校教職員等を構成員とし、大学の自治の基本理念に基づき、大学における自律的運営が保障される高等教育機関であることが明記されている。そして、愛知教育大学の教育目標では、愛知教育大学は、平和で豊かな世界の実現に寄与しうる人間の教育をめざすことを踏まえ、学部と大学院の教育目標が述べられている。愛知教育大学の研究目標では、多岐にわたる研究活動が学術と文化の創造及び発展に貢献し、人類の平和で豊かな未来の実現、自然と調和した持続可能な未来社会の実現に寄与することが述べられている。そして、「愛知教育大学の教育研究のあり方」では、「学問の自由と大学の自治」「世界の平和と人類の福祉への貢献」「教師教育に関わる教育研究の推進」「国際交流の推進」「大学の社会に対する責任と貢献」の五つの柱に基づくあり方が記載されている。最後の「愛知教育大学の運営のあり方」では「大学の民主的運営」「学生参画の保障」「教育研究環境の整備充実」「自己点検評価と改善」「人権の尊重」について述べられている。特に、「学生参画の保障」では、「愛知教育大学は、学生の学修活動を支援し、教育改善への学生参画を保障する。」として、学生諸君自らが主体的に自治活動に取り組み、併せて教育改善に積極的に参画してくれることを期待し、保障するとしている。

 この憲章はいわば、大学の社会に対する宣言であると同時に、大学を構成する各層の人々の主体的取り組みが、大学を発展させる大きな要素であることを確認するものでもあると思う。問題は、今後、この宣言を、単なる文書で終わらせず、ここに書かれていることの中身作りに、それぞれの主体的運動において取り組むことである。この憲章作りに微力ながら取り組んできた一人として、強くそのことを感じている。この「憲章」は、学長を始め、多くの人々に支えられて成立したものである。今後、愛知教育大学が、この「憲章」を土台に、大きく発展していくことを期待しているし、そのための努力をしていく所存である。

 

 (本稿は、時間の都合上、愛知教育大学「学園便り」に載せる文章を、いささか改題したものであることを断っておく。憲章本文とあわせ、付属文書「愛知教育大学憲章制定に向けて」と併せて読んでいただき、感想をmmatsuda@auecc.aichi-ed.ac.jpまで寄せていただければありがたい。また、憲章本文を印刷した色刷りのパンフもあるので希望があればお送りします。)